大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和52年(レ)63号 判決 1987年5月29日

控訴人

吉田太良

右訴訟代理人弁護士

新井藤作

被控訴人

吉田祐治

右訴訟代理人弁護士

小宮清

小宮圭香

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  原判決主文1項を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人に対し、別紙物件目録一、二、三記載の土地につき、昭和二九年一〇月一五日の取得時効を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じて控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

三  被控訴人の当審における選択的新請求の趣旨(被控訴人は、1、2を選択的に求める。)

1(一)  控訴人は、被控訴人に対し、別紙物件目録一記載の土地につき、埼玉県知事に対し、農地法第五条に基づく所有権移転許可申請手続をなし、右許可があつたことを条件として、昭和二九年一、二月頃付の停止条件付贈与契約を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

(二)  控訴人は、被控訴人に対し、別紙物件目録二、三記載の土地につき、昭和二九年一、二月頃の停止条件付贈与契約を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

(三)  控訴費用は、控訴人の負担とする。

2(一)  控訴人は、被控訴人に対し、別紙物件目録一、二、三記載の土地につき、昭和二九年一〇月一五日の取得時効を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

(二)  控訴費用は、控訴人の負担とする。

四  被控訴人の新請求の趣旨に対する答弁

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(被控訴人の当審における選択的新請求の趣旨1について)

(一)  控訴人は、訴外吉田米平(以下、「米平」という。)の子であり、被控訴人は、米平の弟である。

(二)  米平は、昭和二二年一二月二日、別紙物件目録一ないし三記載の土地(以下「本件土地」という。)の所有権を取得した。

(三)  米平及び被控訴人は、訴外吉田利四郎(以下「利四郎」という。)の子であるが、利四郎は昭和二八年一二月二八日死亡した。

(四)  被控訴人は、米平と、昭和二九年一、二月頃、被控訴人が利四郎の遺産に対する相続を放棄することを停止条件に米平が本件土地を被控訴人に贈与する停止条件付贈与契約を締結した。

(五)  被控訴人は、昭和二九年四月二三日、浦和家庭裁判所に対して右相続放棄の申述をした。

(六)  米平は、昭和四二年七月五日死亡し、その子である控訴人が米平から本件土地の包括遺贈を受けまたは相続により、被控訴人に対する前記契約に基づくすべての義務を承継した。

(七)  別紙物件目録一記載の土地の現況は畑であり、同目録二、三記載の土地の現況は宅地である。

(八)  よつて、被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録一記載の土地につき、埼玉県知事に対し、農地法第五条に基づく所有権移転許可申請手続をなし、右許可があつたことを条件として、昭和二九年一、二月頃付の停止条件付贈与契約を原因とする所有権移転登記手続をすること及び同目録二、三記載の土地につき、同日頃付の停止条件付贈与契約を原因とする所有権移転登記手続をすることを求める。

2(被控訴人の当審における選択的新請求の趣旨2について)

(一)  被控訴人は、昭和二九年一〇月一五日から二〇年間本件土地を占有した。

(二)  被控訴人は、本訴において右時効を援用した。

(三)  控訴人は、本件土地について、昭和四六年六月二五日付遺贈を原因として、浦和地方法務局岩槻出張所同年七月二二日受付第九六四一号をもつて所有権移転登記を経由している。

(四)  よつて、被控訴人は、控訴人に対し、本件土地について、昭和二九年一〇月一五日の取得時効を原因とする所有権移転登記手続をすることを求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)ないし(三)の各事実は認める。

(二)  同(四)の事実は否認する。

(三)  同(五)の事実中、被控訴人が相続放棄の申述をしたことは認めるが、その年月日は知らない。

(四)  同(六)の事実中、米平が昭和四二年七月五日死亡したことは認めるが、その余はいずれも否認する。

米平は、昭和四二年一月二四日、本件土地を控訴人に対し特定遺贈し、同年七月五日米平の死亡により控訴人がその所有権を取得したものである。

なお、原審において控訴人が米平から本件土地を含む全財産の包括遺贈を受けたことは認めると述べたのは、真実に反し錯誤に基づくものであるから、これを取消す。

(五)  同(七)の事実は認める。

2(一)  請求原因2(一)の事実中、被控訴人が本件土地のうち別紙物件目録二、三記載の土地を昭和二九年一〇月一五日から二〇年間占有したことは認めるが、その余は否認する。米平は被控訴人に同目録一記載の土地を引渡したことはなく、被控訴人が右土地を占有したことはない。

なお、控訴人が原審において、被控訴人が昭和二九年一〇月頃から本件土地を占有していることを認める旨述べたのは、別紙物件目録二、三記載の土地についての占有を認めた趣旨であり、仮にこれが自白にあたるとしても、右自白は真実に反し錯誤に基づくものであるからこれを取消す。

(二)  同(二)、(三)の各事実は認める。

三  抗弁

1  所有権移転許可申請協力請求権の消滅時効(請求原因1について)

仮に、被控訴人主張の停止条件付贈与契約が認められるとしても、別紙物件目録一記載の土地についての埼玉県知事に対する農地法第五条に基づく所有権移転許可申請協力請求権は、被控訴人が相続放棄の申述をした昭和二九年四月三〇日から一〇年間の時効期間が経過したので、控訴人は本訴において、右消滅時効を援用した。

2  他主占有(請求原因2について)

被控訴人の別紙物件目録二、三記載の土地の占有は所有の意思がない他主占有である。けだし、被控訴人は、米平から右土地を使用貸借していたにすぎないからである。そして、仮に、被控訴人に同目録一記載の土地についての占有が認められるならば、右占有は同じく所有の意思がない他主占有である。

3  対抗要件欠缺(請求原因2について)

仮に、被控訴人が所有の意思をもつて本件土地を占有してきたことが認められるならば、平穏、公然、善意、無過失に占有してきたことにより、昭和三九年一〇月一五日の経過により時効取得することになり、昭和四六年七月二二日、本件土地について所有権移転登記を経由した控訴人に対抗できない。

なお、被控訴人は、本訴において当初民法一六二条二項の取得時効を主張し、予備的に同法一六二条一項の取得時効を主張した。ところが、控訴人が前記対抗要件欠缺の抗弁を主張すると、被控訴人は民法一六二条二項の取得時効の主張を撤回し、同法一六二条一項の取得時効の主張をした。占有時の事実関係は一つであるのに、被控訴人は民法一六二条二項の取得時効の主張では理由がなくなるので同法一六二条一項の取得時効を主張するに至つたのであり、右主張をすることは許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。

2  同2の事実は争う。被控訴人は、前記停止条件付贈与契約に基づき本件土地を自己の物として占有を開始したものであるから、右占有は自主占有である。

3  同3は争う。民法一六二条一項による取得時効と同法一六二条二項による取得時効は、いずれでも援用できるから、被控訴人は本件において同法一六二条一項による取得時効を主張する。そして、取得時効の進行中に、原権利者が第三者に当該不動産を譲渡し移転登記がされた後に右取得時効が完成した場合、時効取得者は第三者に対して所有権取得を登記なくして対抗できる。

仮に、二重譲渡に該当するとしても、民法一七七条の対抗問題となるのは、対価を支払つて物件を取得するという有償契約の場合に限られ、本件の場合は民法一七七条の対抗問題とならない。

五  再抗弁

1  権利濫用(抗弁1について)

仮に、控訴人主張の所有権移転許可申請協力請求権の消滅時効の抗弁が認められるとしても、控訴人の右時効の援用は権利の濫用であるから許されない。すなわち、被控訴人は、別紙物件目録一記載の土地を含めて本件土地について、米平と控訴人に対し再三にわたり農地転用の手続と所有権移転登記手続をすることを求めており、右諸手続ができなかつたのは、控訴人らの責任であるからである。

2  背信的悪意者(抗弁3について)

被控訴人は、控訴人の自白の取消にはいずれも異議があるが、仮に控訴人が米平から本件土地の所有権を特定遺贈により取得したとしても、控訴人は背信的悪意者であるから、控訴人は民法一七七条の「第三者」にあたらない。なぜならば、控訴人は、被控訴人が昭和二九年一、二月頃米平から本件土地を譲り受ける代償として利四郎の遺産に対する相続を放棄することを約し、同年四月二三日相続放棄の申述をしたことを知りながら、あえて米平から特定遺贈を受けたからである。

六  再抗弁に対する認否

いずれも否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(一)ないし(三)の各事実、同(五)の事実中被控訴人が浦和家庭裁判所に対して相続放棄の申述をしたこと、同(六)の事実中米平が昭和四二年七月五日死亡したこと、同(七)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、同2について検討する。先ず、同2(一)の事実中被控訴人が本件土地のうち別紙物件目録二、三記録の土地を昭和二九年一〇月一五日から二〇年間占有したこと及び同2(二)、(三)の各事実は、当事者間に争いがない。

2 次に控訴人は、原審において被控訴人が昭和二九年一〇月頃から本件土地を占有していることを認める旨述べたのは、別紙物件目録二、三記載の土地についての占有を認めた趣旨であると主張するが、被控訴人は訴状請求原因六項において、被控訴人は「昭和二九年一〇月頃、引渡を受けたうえ、本件土地を二〇年を越えて占有しているのである。」と主張したのに対し、控訴人は答弁書において「本件土地を占有しているとの点は認める。」と答弁したことは、当裁判所に顕著であるから、控訴人は被控訴人が別紙物件目録一記載の土地を昭和二九年一〇月頃から二〇年間占有した事実を自白したと認められる。

控訴人は、仮にそれが自白にあたるとしても、右自白は真実に反し錯誤に基づくものであるからこれを取消す旨主張し、被控訴人はこれに対し異議を述べるので、この点について検討する。

前記争いのない事実及び<証拠>を総合すれば次の事実が認定され、<証拠>中以下の認定に反する部分は措信できない。

(一)  米平、被控訴人、訴外中村おりは、いずれも利四郎の子で、米平は利四郎の長男であり、被控訴人は利四郎の次男であつた。

(二)  農業を営んでいた利四郎は、その生前、農地を主とする家産(田約一町四畝、畑約八反、宅地約一反二畝、その他建物等)を分散させないため、被控訴人に対し自分が死亡したときは長男で農業を営む米平のみが全遺産を相続し、被控訴人は相続を放棄してほしいこと、その代償として被控訴人には米平所有の本件土地を与えると提案をし、米平も、父利四郎と相談のうえ被控訴人に対し同趣旨の提案をした。

(三)  当時、被控訴人は、利四郎方居宅の隣りに居住し菓子類の製造販売業を営んでいたが、同所は公道に面しておらず、公道に面している本件土地の方がはるかに商売を行うため立地条件が良かつたので、右提案を了承する意向を示した。

(四)  利四郎は昭和二八年一二月二八日死亡した。その死後、米平及び同人の長男である控訴人は被控訴人方をたびたび訪れ、利四郎の生前の希望どおり被控訴人が利四郎の遺産に対する相続を放棄することを条件に米平が本件土地を被控訴人に贈与することを申込み、被控訴人は昭和二九年一、二月頃右申込を承諾した。しかし、本件土地の地目は畑であるため直ちに所有権移転登記手続をすることができず、このため米平が農地転用の申請手続を行い、右手続完了後所有権移転登記手続をすることになつた。

(五)  被控訴人は、右合意に従つて、昭和二九年四月二三日、浦和家庭裁判所に対して右相続放棄の申述をした。

(六)  被控訴人は、右相続放棄をしたことにより本件土地が自己の所有になつたものと考え、昭和二九年五、六月頃本件土地のうち店舗兼居宅を建築するのに必要な別紙物件目録二、三記載の土地部分に土盛りをし、右土盛後右土地上に店舗兼居宅の建築を始め、同年一〇月一五日棟上げを行い、同年一二月一五日完成し、同日同所に菓子小売店を開店し、以来家族とともに同所に居住し今日に至つている。なお、米平及び控訴人は、同年一〇月一五日に行われた棟上式、同年一二月一五日行われた開店祝にそれぞれ出席したほか、右建築工事にも積極的に協力した。

(七)  これに対し、別紙物件目録一記載の土地上には米平が栽培していた作物があつたので、米平は被控訴人の相続放棄後の昭和二九年五、六月頃同人に対し作物を収穫するまで右土地を貸してほしいと要請し、被控訴人は右要請を了承し、賃料も定めず右土地を米平に貸した。ところが、当初右土地上の作物を収穫するまでという約束であつたにもかかわらず、米平は作物を収穫しても右土地を返還せず、約二、三年後被控訴人が米平に右土地の返還を求めたところ米平は返還を拒否したため被控訴人と米平は口論となり、米平が、同人死亡後は控訴人が今日に至るまで右土地を畑として利用している。

(八)  被控訴人は菓子類の製造、販売業を営む非農家であり、米平、控訴人は農業を営む農家であるところ、米平は被控訴人が相続放棄の申述をした後本件土地を宅地に転用するための申請手続をしたが書類の不備のため許可にならなかつた。さらに、米平は、昭和三二年三月二一日、本件土地を宅地に転用するため、本件土地に隣接する土地の当時の所有者であつた訴外岡野渡、沢田重雄、山口福太郎から宅地に転用することについての隣地所有者の同意書へ署名、押印を受け、右同意書には宅地へ転用する土地として本件土地が明記されており、その後、米平は、右同意書を被控訴人へ渡した。

以上認定した事実によれば、被控訴人は本件土地のうち別紙物件目録二、三記載の土地を昭和二九年一〇月一五日から占有したのであり、その占有開始は、米平と被控訴人との間において昭和二九年一、二月頃締結された本件土地全部を対象とする停止条件付贈与契約に基づくものであるから、被控訴人は右契約に基づき米平から遅くとも昭和二九年一〇月一五日に別紙物件目録一記載の土地も同目録二、三記載の土地と共に引渡を受け占有を開始し、それから二〇年間右土地を占有したと認めるべきである。なお、前記のとおり、被控訴人は右土地を米平に貸し以後今日に至るまで米平次いで控訴人が畑として利用しているが、被控訴人は貸主として右土地を間接占有して来たと認められるので、この事実は、被控訴人の右土地の占有に関する前記認定を妨げるものではない。

従つて、被控訴人が別紙物件目録一記載の土地を昭和二九年一〇月頃から二〇年間占有していることを認めた自白は真実に反するとは認められないので、その取消の効果はない。

三抗弁2について

前記認定のとおり、被控訴人は米平と昭和二九年一、二月頃被控訴人が利四郎の遺産に対する相続を放棄することを条件に米平が本件土地を被控訴人に贈与することを内容とする契約を締結し、相続放棄の申述をしたので、右契約に基づき本件土地が自己の所有になつたものと考えその占有を始めたのであるから、被控訴人の右占有は自主占有と認められる。従つて、抗弁2は採用できない。

四抗弁3について

控訴人は本件土地について昭和四六年六月二五日付遺贈を原因として浦和地方法務局岩槻出張所同年七月二二日受付第九六四一号をもつて所有権移転登記を経由していることは前記のとおり当事者間に争いがないが、被控訴人は本訴において民法一六二条一項による取得時効を主張しており、取得時効の進行中に原権利者が第三者に当該不動産を譲渡し移転登記がなされ、その後に右取得時効が完成した場合、取得時効者は第三者に対して登記なくして所有権取得を対抗できるものであるから、抗弁3も採用できない。

控訴人は、占有時の事実関係は一つであるのに、被控訴人は民法一六二条二項の取得時効の主張では理由がなくなるので同法一六二条一項を主張するに至つたのであり、右主張をすることは許されないと主張するが、短期時効を援用しうる者がこれを援用せずして長期時効を援用することは許され(大判昭和一五年一一月二〇日、法律新聞四六四号一〇頁、参照)、しかも、前記のとおり本件土地は被控訴人の占有開始時農地であり右農地の移転を目的とする法律行為をなすにつき県知事の許可を得ていないから、特段の事情がない限り、占有者が当該農地の所有権を取得したと信じたとしてもこのように信ずるについて過失がないとはいえない(最判昭和五九年五月二五日、民集第三八巻第七号七六四頁参照)から被控訴人が民法一六二条一項に基づく取得時効のみを主張することは許される。従つて、いずれにしても控訴人の主張は採用できない。

五従つて、控訴人は被控訴人に対し、本件土地について、昭和二九年一〇月一五日の時効取得を原因とする所有権移転登記手続をする義務がある。

よつて、控訴人の本件控訴を棄却し、当審における被控訴人の新請求に基づき、原判決主文第一項を右の趣旨で変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官菅野孝久 裁判官窪木稔 裁判官山内昭善は転任のため署名、押印することができない。裁判長裁判官菅野孝久)

別紙物件目録

一 所在 岩槻市大字高曽根字中曽根

地番 九三九番一

地目 畑

地積 二九七平方メートル

のうち別紙図面の各点を順次結ぶ直線で囲まれた部分一三七平方メートル

二 所在 岩槻市大字高曽根字中曽根

地番 九三九番一

地目 畑

地積 二九七平方メートル

より別紙図面一の土地部分を除く一六〇平方メートル

三 所在 岩槻市大字高曽根字中曽根

地番 九三九番二

地目 畑

地積 一九八平方メートル

別紙地積測量図<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例